東京地方裁判所 平成8年(ワ)20817号 判決 1998年2月27日
原告
甲寺院
右代表者代表役員
山田一郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木典行
同
藤井成俊
同
水谷博之
被告
乙野太郎
右訴訟代理人弁護士
長谷川武弘
主文
一 被告は原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。ただし、被告において金五〇〇〇万円の担保を立てたときは、右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
主文第一項と同旨
第二 事案の概要
一 請求原因
1 原告は真言宗A院派に属する寺院であり、被告は弁護士である。
2 原告は、平成七年一〇月三一日、末寺である名古屋市所在のB寺に関わる布教活動について詐欺容疑で強制捜査を受け、同寺僧侶ら五名が逮捕された。その時点でのマスコミの報道では、A院派門主山川義夫、原告管長山田一郎ほかA院派幹部の全てが逮捕されると予想される状況であった。当時、原告においては、月々三億円前後の支払が必要であり、そのために原告の東京寺務所において常時三億円位の現金を保管していた。そこで、門主、原告管長ら幹部全員が逮捕、勾留されるという事態になると、右現金の保管について一般の僧侶職員に取り扱わせる訳にはいかないので、被告に保管を依頼することとした。
原告は、平成七年一一月一〇日、二億三〇〇〇万円を銀行送金により被告の口座に振り込み、その後、同月二八日に被告から一億円を原告口座に振り込んでもらい、返還を受けた。次いで、平成八年一月一〇日に三〇〇〇万円の返還を受け、同年三月二二日に三〇〇〇万円、同年六月一四日に三〇〇万円、同月一八日に七〇〇万円の各返還を受け、被告に対する預託金残額は六〇〇〇万円になった。
3 よって、原告は被告に対し、右六〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実は認める。
三 抗弁
被告は、平成八年九月一四日、被告事務所において、原告代理人である宗教法人C寺管長山本敏夫に対し、教団関係(原告及び宗教法人C寺)について被告が受任していた事件を原告側が不当解任したことを理由として、着手金と成功報酬を合わせて一億円を請求する旨及び右一億円のうち六〇〇〇万円と原告から預り保管中の六〇〇〇万円の返還債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。右着手金及び成功報酬の支払の合意は、平成八年六月一三日の名古屋拘置所接見室での山川門主と被告との打合せの際になされたものであり、その際の合意によれば、着手金は三〇〇〇万円、月額経費は五〇〇万円、報酬は一億円を下らないというものであった。
四 争点
被告と原告との間に、平成八年六月一三日、着手金として三〇〇〇万円、報酬として一億円を下らない金額を支払うとの合意が成立したかどうか。
第三 争点に対する判断
一 被告は、その本人尋問において、被告が平成八年六月一三日、名古屋拘置所接見室で山川義夫門主と接見した際に、同門主は被告に対し、着手金として三〇〇〇万円、月額経費五〇〇万円、報酬として一億円を下らない金額を支払う旨約したと供述する。
しかし、右供述を裏付ける証拠はない上、着手金については、被告の供述においても、支払時期の定めが不明である。しかも、被告の供述によれば平成八年六月一三日に着手金として三〇〇〇万円を支払うとの確定的な合意が成立したとされており、かつ、右合意が成立したとされる平成八年六月一三日当時、被告は原告から六〇〇〇万円を預り保管中であったにもかかわらず、その後、同年八月二六日に山本敏夫から被告に対し、刑事裁判から外れてほしいとの電話がなされるまで(被告は、以後のこれに続く原告の行為を不当解任であると主張するようになる)の二か月余りの間に、被告と原告との間に着手金の支払について協議がなされた形跡はない。また、月額経費についても、原被告間で合意されたとする月額経費の額が五〇〇万円という高額なものであるにもかかわらず、被告の供述によっても、いつから、どのような態勢が整った場合に右経費の支払が開始されるのかが不明であり、また、右八月二六日までの間に被告が月額五〇〇万円の経費を受け取るに値する準備行為を行った事実も認められない。報酬の約定に至っては、被告の供述によっても、どのような事実が生じた場合に成功報酬が支払われるのかが不明である上、金額も一億円を下らないとされているのみであるというのであり、およそ確定的成功報酬の合意というに値しないものである。
したがって、被告と原告との間に、平成八年六月一三日、着手金として三〇〇〇万円、報酬として一億円を下らない金額を支払うとの合意があったとする被告の供述は信用することができず、被告の抗弁は理由がない。
二 よって、原告の請求は理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官園尾隆司)